第12回公判

ウソをつくのはコリゴリで真実を話しに来たが・・・

平成15年5月16日(金)曇一時雨
雲形池
この日は午後から傍聴。抽選や先着順以外の公判は公開、対審、判決の3原則でいつでも自由に傍聴できるが、鈴木宗男公判はかなり厳しく、途中からの傍聴は11階の刑訟課で傍聴券を貰わねばならなかった。
緑に覆われた雲形池のほとりには黄水仙が花開いて彩を添えていました

この日の証人はやまりんの子会社の役員。午前中に引き続き吉田検察官の尋問。盗伐事件についての認識度合いや事件に関する情報、対処等について、また山田会長の営業方針等の質問後、平成10年8月4日の鈴木被告にお願いに行った日の本題に入る。

7月30日または31日に哲社長から電話で鈴木代議士にお願いして林野庁を動かしてもらう為に皆で上京する事を告げられる。それより以前に他の建設業界の仲間2人と鈴木代議士にアポイントを取っており、航空予約を一日前に変更して釧路から上京した。

総理大臣官邸官房副長官室で代議士に面会。その時の部屋の配置、着席順等の証言の後、テーブルの上に水引のついた4袋の祝儀袋を置いて話がされ、中にひとつだけぶ厚い祝儀袋があった事が語られた。

シラン
お願いについては最初は「それは難しい問題だなア」と渋っていたが、やまりんの 窮状を訴えると「なんとか頑張ってみましょう」と林野庁に電話。相手が不在で行き先も分からなかったので「この大切な時に行き先が分からないとは何事だ」と怒鳴った言葉には迫力があった。
雨を見て眉重くゐる紫蘭かな  岡本 眸

平成11年会長の意向で独立。その年の暮れに200万円の個人献金、平成12年度にも母親と2人の名前で200万円の献金をした。これは佐藤玲子秘書に渡してきたが後で21世紀政策研究会名の差し替え領収書が来た。ところが100万円2枚の筈が50万円の2枚になっていた事も話された。しかしこの件は今回の裁判には無関係で、これ以上は問題にはならなかった。

この後、平成14年5月中旬から始まった東京地検の取調べに対して 鈴木代議士側からの働きかけが色々あった事が述べられた。
ミツマタ

最後に、鈴木代議士は大好きで、こんな人間味あるれる政治家はいないと思う。でもウソをつくのはコリゴリで真実を語るためにやってきた。でも結果的には代議士に不利な発言をしているので色々な事が心配だと涙ながらに語った。

冬の間は花のような白い蕾を下向きにつけ、裸木の中で存在感を示していました。三椏(ミツマタ)がこんなにも葉を茂らせるとは夢にも思いませんでした。
平成15年5月16日