437日勾留された本当の理由 その1

雲形池
第5回公判までは林野庁関係の証人尋問だったが、第6回から鈴木被告があっせん収賄罪に問われている事件の贈賄側とされる「やまりん」の社長が証人台に立った。
03年2月12日(第6回鈴木宗男公判)の日比谷公園・雲形池の鶴の噴水
そして第7回の弁護人の反対尋問の折に、主任弁護人の大室弁護士から国会の議院運営委員会に鈴木被告が提出した、陳述書に関しての尋問がされた。
その後の検察側の尋問で、驚くべき陳述書作成の経緯、状況等が明らかにされた。その証言を要約すると
平成14年5月頃、初めて鈴木代議士から紹介された弁護士と会った。
6月8日、9日には東京地検の取調べを受けた。
14日には住宅見積りを届けた時に朝日の記者に何気なく聞かれた事が、インタビュー記事として掲載されてしまった。
ミツマタ
そのショックもあり6月16日から17日に鈴木代議士紹介の弁護士の話にのり、陳述書を作成した。
「金額は400万円」「それは就任祝いで依頼は何もしていない という事にしないと贈賄になる」
「鈴木代議士もやまりんも助かる」
「任意捜査だから出頭しなくてもいい」

などと言われその気になった。
03年2月24日(第7回鈴木宗男公判)の日比谷公園霞門近く・三椏の白い蕾
そして取り調べのメモを基に「調書は脅かされて書いた」などとの、基本的にウソと誇張の、弁護士が口述筆記させた陳述書に署名捺印してしまった。陳述書は個人的な記憶をフィックスしておくものと思っていたが、後から国会に出すものと言われた。

6月19日に北海道に戻ったが、同じ日に鈴木宗男代議士が逮捕され、6月21日以降もうダメだと思い、取調べの再会に応じ本当のことを話した。
一時取調べを回避したり、ウソと誇張の陳述書を作る事になったり右往左往したが、最終的に今まで父親である会長と兄貴の言うがままの人生を歩んできた事に思い当り、本当の事をしゃべろうと決心した。

途中大室弁護士の反対尋問に対し言下にNo!と言ったり、「覚えていません」とことさら断定的に答えたのが奇異に感じる事もあったが、ともすると弱い気持ちになる自分を奮い立たせていたのだろうと思う。